Raphachiro Diary

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「感覚的な天才」D.D.Palmer

波乱万丈の人生を送ったカイロプラクティックの創始者D.D.Palmerのお話です。

カイロプラクティックは、1895年9月18日にカナダからの移民である、D.D.Palmerが創始しました。

世界には昔から、全身の骨や関節を矯正する医療が有りました。エジプト・イギリス・中国・日本等々、かのヒポクラテスも背骨の矯正について書いています。

カイロプラクティックが生まれる、21年前にアメリカの医師A.T.Stillによってオステオパシーが誕生しました。

オステオパシーも手を使って治療します。当時A.T.Stillは電光石火の接骨師と云う渾名が付くぐらい速い矯正だったそうです。D.DPalmerのダベンポートから近いとういう事もあり、A.T.Stillのいるカークスビルに行き教えを受けていたそうです。

そのPalmerの治療院(当時は磁気治療を行っていた)のビルの清掃員、Harvey Lillard(ハービー・リラード)が以前背中が音をしてから耳が聞こえなくなったというので、Palmerは本人に説明し治療をさせて頂きました。

D.D.PalmerはT4を矯正したと言いますが、それを見ていた息子のB.J.Palmerは頸椎を押して良くなったと言いました。

実際は体のあちこちを押したみたいですが…

私が学生時代カイロを教えて下さいました、ミキサーのD.C.はT4だと言いました。

私が他の学校でストレートの学校を卒業された、D.C.は頸椎だと私に言いました。

それを聞いた当時の私は、「まぁ、どちらも押して良かった!」と思いましたが、医学が可能性に掛けては駄目ですね。博打で治療されては患者さんはたまったものではありません。

でも、それが整体なのです。

整体は経験?統計?の治療法みたいなもので、合う人?合わない人?がいるみたいです。整体には定義が無いようです。

しかし、人様の体を触るのですから、根拠とデーターが必要です。カイロプラクティックは現在も世界の大学等で研究されています。

たとえば最近の日本の大学で研究されたカイロプラクティックの内容は、精神病やうつ病に対するカイロプラクティックの有効性や、カイロプラクティックの施術が脳に与える影響(反応)のような事です。

D.D.Palmerは「天才肌」の方だったとD.C.に教えて頂いた事があります。感覚で感じカリスマ的な人だったんでしょうね。

現に仕事を色々やりましたし、結婚も何度もしました。

初めカイロプラクティックは一族のみに伝え、他人には教えないつもりだったそうです。

息子のB.J.Palmerがこれに反対し、世に広める事を進言したそうです。私がこの仕事につけているのもB.J.のお陰ですね。

D.D.が言いました。「この世に背骨を矯正する治療は昔から有る。しかし、テコを用いて矯正したのは私が初めてだ。」とそれで、テコの原理を用いた背骨の矯正法が生まれました。

さて、名前は何にしようか?

と思っていた所、当時若い娘さんの患者さんがいました。そのお父さんが神父をしており、相談した所ギリシャ語で「Chiro(手)」+「 Practicos(技術)」を合わせたChiropracticと云う造語を考えてくれました。D.D.は大変気に入ったそうです。

その後、ダベンポートにPalmer Chiropractic Schoolを作りました、現在のPalmer Chiropractic  Collegeですね。

その学校も多額の借金を作り、息子のB.J.におしつけ、トンズラしました。

この親子は凄く仲が悪く長年ケンカをしてました。そりゃ細かい「理論的な天才」B.J.と後先を考えない「感覚的な天才」D.D.です。さらに二人は超が付くほどの頑固者です。

D.D.の晩年に二人が仲直りをしたといいますが、私は信じられません。

そのD.D.は倒産寸前の学校を息子に押し付けた後、B.J.は学生数を大幅に増やし学校を大成功させました。しかしD.D.は面白く有りません。それに対抗して自分で学校を設立しますが、上手くいきませんでした。

それからは転落人生だったそうです・・・

それからは、彼の息子B.J.Palmerの時代が来ます。

しかし、彼のお陰でカイロプラクティックが生まれたのは事実です。

 

*今回の内容は以前にD.C.達から聞いた話しと、私が以前に読んだ本の内容を、記憶を辿りながらまとめたものです。万が一間違った所が有ったら、「あっ!間違い発見!」と思い、心の中に留めておいて下さい。

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