Raphachiro Diary

Rapha Chiropractic Office Official Blog


自己紹介(大宮で開業編)

前回の続きからです。

・・・地震が来ました。

接骨院の物はみな倒れました。

幸運にも地震が来た時間は昼休み時間で、午後の診療はPM3:00の為患者様はいませんでした。

スタッフの無事も確認でき、接骨院の中を片付け始めました。

しかし、この時間に津波が来ていたのですが、我々もまた周りの方も知りませんでした。接骨院から僅か1~2km先にある高速道路が堤防となりそこで止まりました。電気がつかない為、電話・ラジオ・テレビなどの情報が無く、我々がどの様な状態なのか分かりませんでした。

水道・ガス・電気が止まり、スタッフ同士で話し合い、家族の無事と生活が元に戻るまで解散と云う結論となりました。

取り敢えず私も、家や家族・友人が気掛かりで帰宅する事にしました。

徒歩で帰宅している途中、様々な光景を眼にしました。

コンビにに並ぶ人、仙台の方面から歩いてくる人、車の渋滞、壊れた家や車、交差点のあちこち起こっている事故等など、まるでパニック映画を見ている様でした。

あとで分かりましたが、多くの患者さんが亡くなりました。

私は患者さん以外で、暫く人と話したり会ったりするのがイヤになりました。私でも気分が落込んだのですから、震災で家や家族を失った方の心の傷は物凄い物だと思います。

震災から3ヶ月が過ぎた6月、仙台で接骨院を開業している私の恩人で兄貴分の先生(仙台の兄貴)が、埼玉に行くのを誘ってくれました。

東京や埼玉に住んでる友人に我々の元気な姿を見せに行くとの事でした。

実はその時も気分が優れず、あまり人に会いたいと思いませんでしたが、せっかく仙台の兄貴が誘ってくれたので、行くことにしました。ちなみに東京の方は私にとって恩人の「東京の兄貴」と埼玉の方はこれまた私の恩人である「リーダー」です。

行って良かったです。久々の親しい友人との会話などとても楽しく過ごせました。

震災後、気持ちが落込み接骨院を移動拡大させる事にどうしても前向きになれずにいました。若い患者さん、年配の患者さん、優しかった方、楽しかった方、皆さん亡くなってしまいました。やりたかった事も沢山有ったと思います。そんな事を考え、接骨院の拡大に力がはいりませんでした。

埼玉のリーダーの家に泊めて頂いたAM6:00、仙台の兄貴が私をベランダに誘いました。(自分がタバコを吸うためです。私は禁煙中でした)

ベランダから見る埼玉の風景に、私は目を奪われました。

清々しい風、どこまでも続く建物、今までの心の靄が一瞬で消えました。

私には夢が有ります。

1.自分が理想とする治療家になること(魔法使いになる)

2.カイロプラクティックをもっと勉強したい

私はやりたい事をして死にたい。また、やりたい事が有っても死んでしまった皆さんの代わりに、私がやります。

そうだったのです。私の本当にやりたいことは接骨院を大きくする事では無く、「理想の治療家」になることだったのです。

「よし、埼玉に来よう!」

そう思い埼玉に来ました。

これで、自己紹介は終わります。

次回からは、当院の特色等などです。

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